お遍路 22 2014/5/24
翌日の5:30です。もう明るくなっています。
窓から海が見えます。出発します。
朝日が昇ってきました。
手結岬です。
下を覗きます。
沸岬が見えています。
景色がいいです。自然公園に属しているそうです。灯台があります。
行ってみます。祠があります。龍宮神社です。お参りします。
灯台です。昭和33年に初点灯したそうです。
700年以上続く海の安全と豊漁を願う「つんつく踊り」が奉納されるそうです。
神社の鳥居です。
遍路道をそれて勘を頼りに歩いていたので道を間違えていたようです。朝の犬の散歩をしていた方に出会い道を教えてもらいます。甲斐犬二匹を連れていて、一匹はきれいな虎柄で、私は初めて見ました。
橋の欄干にクジラがいました。
遍路道に戻ります。
架動橋が見えてきました。
古そうな灯籠が見えます。
きれいな港です。
鳥の後ろ姿です。こちらを向かないかと待ってみたのですが、海の方を見たままでした。
手結港の案内があります。港の歴史は古く、1657年に竣工したのが現在の湊だそうです。
振り返って橋を見ます。
橋を渡って夜須駅へ向かいます。
6:40頃です。にんぎょがいました。夜須駅です。朝の通学時間に重なったようでした。
南国の気配がします。
海岸沿いを歩いていきます。駐車場で猫の写真を撮ろうとして撮れませんでした。
今日も良い天気です。
線路沿いに歩きます。
お店の看板猫さんがガラスドアの向こうから見送ってくれました。
岸本神社です。綿津見三神が祭神です。太陽の光線もあり、ありがたい感じがします。
月見山です。『1221(承久3)年、承久の乱で土佐国幡多へ流された土御門上皇が、土佐から阿波へ遷る途中、ここで名月を眺めて都をしのんだという伝承から月見山の名が生まれ、これを記念して立つ碑。「鏡野やたが偽りの名のみして恋ふる都の影もうつらず」(「土御門院御集」)』
『安政元年(1854年)の大地震のありさまを書きしるして、人々に地震に備える心がまえを忠告した碑である。安政元年11月の朝、常より大きな地震があり、潮が20mも引いて干上がった手結港で鰻を沢山採った。翌日、大地震で家も堀も崩れ、人々は何日も徳王子の山で暮らした等々の記事あり。』
江見町馬車立場と馬車会社が明治から大正にかけてあった場所です。直線の道を進んでいきます。
カトリック教会です。
伊能忠敬緯度観測記念碑 北緯三十三度三十三分です。
平成の芝居小屋 弁天座です。
近くにあった建物です。への文字が気になります。年に一度夏の祭礼に飾られる絵金の芝居絵屏風をまもる収蔵庫の『絵金蔵』だそうです。
赤岡大橋と船着場後と横町です。江戸時代、与楽寺山門を中心に栄えた門前町と書かれています。
一本松と遍路の腰掛け石です。
忠霊塔がありました。
道を教えていただきながら、二十八番 大日寺参道の石柱までやってきました。
格子の向こうに猫が通って行きました。
大師堂です。
本堂です。
鐘楼です。
地蔵堂(六角堂)です。
この年は、四国八十八カ所 御開創千二百年記念の年で、本尊大日如来 脇仏観世音菩薩御開帳(春 4/21~5/28)があり、拝観することができました。ありがたい機会だからと、心ゆくまでお参りさせていただくことができました。平安時代後期の作です。
奥の院へ向かいます。トカゲが現れました。
随分と長いしっぽです。この頃、何か良くないものが憑いている感じで、とても大変だったので、そのことなどについても解消しますようにとお願いし、朝から竜神様に御参りをしたりしたのでトカゲの姿で神様のお使いが表れてくれたのかと思いました。
奥の院です。『生きている楠(くす)の樹に、弘法大師が爪で刻んだといわれる薬師如来像が、奥の院に安置されている。「爪彫(つめぼり)薬師」と呼ばれ、目、鼻、口、耳など首から上の病気にご利益があるといわれ、篤い信仰を集めている。また、奥の院のわき水「大師加持(かじ)水」は、高知名水40選に選ばれている。』お参りします。
水を飲みます。持っていたペットボトル入れて持って帰りました。
トカゲは逃げることもなく、帰る時も道にいました。
山門です。
お参りの人が増えてきました。
石段を下りていきます。
再び遍路道を歩いていきます。
歌碑がありました。『あじさいの 八重さくごとく 八つ代にを いませ我が背子 見つつ偲はむ 橘 諸兄(あじさいが八重にさくように 八代も長くお元気であれ 君よ見てはなつかしもう)』紫陽花の植えられた道です。
物部川です。
橋から川をながめます。すれ違った方に励ましていただきました。
水田が広がる場所を歩いていきます。道の脇に水路があるのですが、水がきれいで彼方此方メダカの学校は、本当に沢山ありました。途中、ベテランの歩きお遍路さんから地図をいただきました。ありがとうございます。
松本大師堂です。建て替えられたのかまだ新しい建物です。荷物を降ろしお昼にしました。
枝が頭上を渡り道に木陰を作っています。
甚兵衛桜と立札に書かれています。
神社の前を通ります。
国分川が見えてきました。
到着です。大師堂です。紐が結ばれています。
木陰が涼しげな境内です。
お大師さまと縁を結ぶ御手綱です。
光明殿です。
二十九番 国分寺です。こちらも御開帳されていたので、案内をしていただきながら拝観します。
庭園を眺めることができました。杉苔の美しい庭園です。
鐘楼です。
光明曼荼羅は、室町時代のポップな感じのする円形の仏画でした。珍しい仏画だそうです。 薬師如来 古瓦 梵鐘 など、寺宝を間近に見せていただけました。
中門です。「来し方を行く方を草朧かな 高木晴子」句碑があります。
客殿です。納経所があります。
本殿です。「柿(こけら)茸きと天平文化に模した寄棟造りが特徴」
再び太子堂のほうに戻ります。
酒断地蔵尊もあったそうです。
開山堂です。「高僧行基が天平13年(741年)に創建しました。」
鐘楼へ。
仁王門から、本堂の方向です。
仁王門です。
紀貫之とも縁の深い場所です。お参りを終えて30番善楽寺へ向かいます。
田園の中の遍路道です。
途中で出会った方に日傘のお遍路さんは初めてと言われました。私にとっての金剛杖です。
予定では、善楽寺までお参りするつもりだったのですが、5時までに間に合わないかもしれないので、遍路道をそれて、長崎停留所に向かいます。
この駅から、土佐電にのり今日の宿の近くまで行くことにしました。
待っていたら、アンパンマンの電車がやってきました。時間は15:33です。見送ります。
時刻表を写真にとって記録します。明日はこちらに引き返して再び続きを歩く予定です。
バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 55
2016/02/09 (火) 13:39
書こうと思いつつ延び延びになっているお遍路の2014年5月の写真をみていたら思い出した。
この頃は悪霊なのか生き霊なのか両方なのかに取り付かれている感じで夜が眠れなかった。他の被害者のブログで酷い悪評をたてられて、頭のおかしい誰とでも寝る女等々の、それらを鵜呑みにしたのか、女性だったら嫌悪感をもつ種類の成人男性向け漫画雑誌をそのまま実行しようとしてくるようなのや、私はあなたのことは知らないし、好意も持っていないと伝えても、自分がそうだから私もそうにちがいないと思い込んでいるようなのとか。普通だったら護られているバリアみたいなのが破られて強引に入ってこようとする感じだった。
なので個人の念に強力な呪詛みたいなのが加担しているのではないかという感じでした。同年7月にお詣りしたときもおかしくて、とれなくて、でも助けてくれたのか今はありません。
もしも、私のことを利用して祝の神事擬きを実行しようと試みたのが含まれているのならば。
2016/02/10 (水) 12:33
そんな現象は起こせない。祝の神事が生き生きして元気になることならば、霊的に凌辱するようなことをしても、嬉しい気持ちになることなどないからだ。
それに正統に引き継いでいる人がいるのだから、その人にお願いすればいいこと。その資格があるのならば。
祝の神事に必要な条件があるとしたら、いくつかおもうのは、不純物が浄化されてグンダリニが通っている人。龍から見えるようなひと。『おほけなくうきよの~』の歌のような意識をいつも無理でもあるひと。互いにエースの手紙を書いて送れる状態にあること。高い光の存在に波長をあわせることができること、宇宙の真理に近いひとなどが条件なのではないかと思う。
バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 54
2016/02/07 (日) 23:41
祝の神事を受けてこのことについてしりたいと情報を探していたとき読んだ本は『言霊はこうして実現するー伯家神道の秘儀継承者・七沢賢治が明かす神話と最先端科学の世界ー』大野靖志著で、自分の名前が出てきて驚いたそうです。その縁は「量子場脳理論」という最先端の脳科学理論研究に従事していたからで『量子場脳理論入門ー脳・生命科学の為の場の量子論ー』サイエンス社刊・SGCライブラリ25臨時別冊・数理科学2003年7月、その量子場脳理論こそが伯家神道の祝の神事による人間意識の変性のからくりを明らかにすると書かれていたそうです。
2016/02/08 (月) 13:41
この前の日曜に結婚に結び付く愛についてお聞きして、その話では、初めの外見や条件の一目惚れ、恋は外見、感じること、愛は知ることなのだそうた。そういう考える基準みたいなものが明確にあるのはいいとおもう。この前の金曜にジムで歩いていたら、テレビでMr&Mrs.スミスをしていて、一目惚れで結婚しようとしていて、友人のアドバイスは、その人は二年半付き合って揺らぐ気持ちがなくなって確かな絆ができたと確信できたとき結婚をしたと言っていた。途中で見るのを止めたので結末を知らないけれど。映画の話だけど一目惚れでも愛がなかったわけではないような気もする。
知るという愛については、『テイル館の謎』を思い出す。
知ることについて。私がその人がそう思っているのかなと感じたことがあるのは、『夕凪の街 桜の国』の漫画で、主人公の七海の母親みたいな感じかなって。広島の原発に子供のころあっている。でもいっても証明も説明も難しいけど、私変な電磁波みたいな攻撃受けて、記憶のそうさみたいなのされようとしたし、体調不良で、でもそれ人工的な部分もあると思う。もしかしたらと子供の頃からずっと。貧血ぎみだったのは、最近なおったようです。
それから、嫌われてて味方も身近にいないから、弱ってて、大人しそうだから、ストレスかけたら、思い道理になるとおもったのかなとか。そんな以心伝心みたいな絆ができてるわけではないし。
まあこんなこといちいち書かずに話し合えばいいことですけどね。
バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 53
2016/01/28 (木) 13:32
見えないけどあるもの。奥の手。変性意識状態。奥の手とは、武道をしていてその奥義に、普通二本ある腕の他に見えない手が二本あるらしいこと。エジプトのレリーフにもかかれてある?
変性意識は1900年代に脳波が測定できるようになり、それによって視覚でわかります。今はどこまでわかっているのか見当もつかないけれど。
祝の神事の際は変性意識状態になったようです。ピラミッドの王の間で行われていた元の神事はハトホルの秘儀と言われるもののようです。二つの愛魂が重なりあうことです。後にダ・ビンチコードに出ていたフリーメーソンの儀式のようなのは誤った解釈でハトホルの秘儀が行われているとありました。
王のは儀式を行う装置で石は魂を溶け込ませ秘儀を行うのに向いた石のなのだそうです。
二つの魂をということはもう一人男性と女性がいるわけですが、どうしてかはわかりません。数ヶ月前に読んだ漫画雑誌に、乱れた山の調和を戻すため、霊感のある二人の男女に昔のジャーマン的な霊が降りてきてあわの歌を歌うという儀式がされた話を読んだので、あなたと私ということ、陰陽ということなどで必要なのかもしれません。
私は谷山浩子の歌を聴くのですが、「あなたに会うために私は生まれた それは遠い過去からの約束なの 私の人生があなたへと続いてく」や「たとえ魂だけになっても君に会いたい」という歌詞があり、一緒にいった女の人は姪ですがそういう因縁のある魂の生まれの人です。だから、郵便局の小人が迷わずエースにするような関わりがあった魂同士のようにおもいます。でもそういう魂同士はピラミッド限定で魔法がおこるわけでもないかもしれないとおもいます。
奥の手は、私がもう命が尽きるのかなと思ったときつかんでくれた人がいたと思い、逆に私がそうしたこともあるかもしれないと思ったから気になりました。
バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 52
2016/01/25 (月) 14:13
UFOといえば、ある時期スターウォーズのような夢を見ていた。内容は覚えていないけれど、本当に起こっていたことのように思える。いつかはよく思い出せなくて、2006年前後ごろではないかと思う。2001年頃はデライみたいに大変で。2008年も大変だった。でもどういうふうに大変かは訳がわからない大変だった。
巫女様は70才まで幽閉されるとあったけれど、日々精進潔斎していなくてはいけないということの他に、結界をつくって守るという意味もあるのかと思いました。そういう社会的に特殊であって許容されるということもについても。自分が説明のつかない不思議な体験をしたから、霊的な攻撃や呪詛、低い波長に引きずられないようにするなど。清浄な空間をつくる。
そういうことから身を守るのは容易ではないと思う。
奇跡的な偶然に助けられて今生きているのだろうなあと思う。
伯家の神道は、未然に災いを防ぐために行われると書いてあったように思う。
2016/01/26 (火) 14:50
数年前、2012年4月8日、祝の神事が行われ、その際内容は一切秘匿するよう誓約しているので書かれていませんでしたが、その後、神道のルーツであるピラミッドにいき、そこで本来行われていたであろう祝の神事を行い、そのこでの出来事については書かれていました。日本でおもいたってピラミッドから出てくるまで実行不可能とおもわれる出来事があっても、スルスルとあり得ない偶然が重なって次々扉が開くように、可能になり神様の導きがあるかのように、行われていました。はふりの神事は100年間しか法の効力が続かないと言われており、その期間が終わるのがちょうどこの年の2012年の12月だったそうです。
うまくいったのかよくわからなくて、でもうまくいったらしいとわかります。祝の神事が行われることで、何が起こるか。ヒーリングの力を授けると声が聞こえたそうなので、そういうことなのかもしれません。そこのエネルギーを思い浮かべ次元転移すると、その場にいるみんなが生き生きとして元気になります。でもそれはみんなで楽しくダンスして幸せな気持ちになるのとも、同じようなものともありました。
バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 51
2016/01/20 (水) 13:51
ハフリの神事について、どんなものだろうと調べていたとき、結局どういうことをするのかよくわからなかったけれど、そのとき読んだ本に『天皇祭祀を司っていた伯家の神道 地球コアにまで響き渡るコトダマ 秘儀継承者七沢賢治がえがく新創世記』解説他/船井幸夫 編者/佐々木重人をよみました。忘れているので読み返しているのですが、それによると、明治政府によって消された、それまで天皇家の祭祀を執り行ってきた神道で、皇太子に対して「祝(ハフリ)の神事」の伝授が行われていたそうです。それから「竜宮の乙姫世界の金を引き揚げるぞ」という昭和52年の予言も気になります。でも、その金は私有私用するわけにはいかない。そうしようとするとき、死がその人を待っているというようなことが書かれています。
古代祭祀、祭政の世界は、当時の高次元の科学で、当時の祭司たちは、例えば脳の高次の機能を開発するすべをかなり心得ていて、かつ応用していたはずですとあります。また水の物理性格もかなり見極めていたそうです。伯家の神事は1025頃から続いているようです。
2016/01/21 (木) 13:59
伯家の祝の神事を受け継いだ人の本も読み返していて、漫画のサルの紹介されていた著者の本です。
なぜ著者が受け継ぐことになったかというと、伯家神道を受け継ぐ神社の神官と親戚の女性がいて、まだ高校生の頃その人からあなたは巫女の素質があるから祝の神事を行う際の巫女になってくれないかと頼まれたのですか断ったのだそうです。祝の神事を行う巫女様になるといつあるかわからない祝の神事を行うために70才まで幽閉されて下界に降りてこられないと回りの話からそれとなく知っていて、未来に夢も希望もあったその頃、そのような選択は考えられなかったそうです。月日が流れ、神官が失意のうちに亡くなり、書物を受け継ぎ読むうちに、この儀式は途絶えさせてはいけないと後悔の念にかられ、苦心の末にすでに高齢になっていた別の場所で祝の神事を受け継いでいる巫女様を探しだし教えてもらったそうです。皇太子ではない人に行うのはどうなのかという疑問があったとき、ダライラマに極秘で会う機会があり、そのときに、その事ではないけれど疑問を尋ね、もし間違った生まれ変わりを選んだとしてもいつかは正当な後継者が受け継ぐことになる。受け継いでいくこと
が大事なのだと聞き、決心し適任者を探していたのだそうです。
2016/01/22 (金) 13:39
本を読み返していたら、UFOの話や宇宙由来の魂についても書かれているのですが、去年の11月20日に見かけた飛行物体ととてもよくにたUFOの話があり、「姫路市内を車で走っているとき、瀬戸内海に向かって音もなく低空を飛んでいく四角形の平面型のUFOなど」よく見かける人の話があり、その人はもっといろんなUFOと出会っているけれど、もしかして同じ種類のUFOを私も見たのかと思いました。父も昔見たことがあって、私が生まれる前かそれくらいのときに見たそうです。そういう冗談を言ったり思いついたりする質ではなく、でも実際に見たからいると信じています。そのときのUFOは円盤形で、二階の窓の外に軽自動車くらいの大きさで、電柱の高さぐらいに浮かんでいたそうです。
バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 50
2016/01/18 (月) 13:50
最近よく思い出される昔話がある。幼稚園に通っていた頃に毎月配られた絵本の中の絵姿女房という話です。その時は、絵も幼稚園児的にこのみではなかったし、何度も読み返したのは別の絵本で、変わった話だなと思ったぐらいだったけれど。あるところに男の人がいてお嫁さんをもらって仲良く暮らしているんだけれど、畑仕事に行くたびに、すぐにお嫁さんの顔を見に飛んでかえってくるので、それならと、絵を描いてそれを畑に持っていって木か何かにはりつけるんだけど、ある日風に飛ばされて、あるお城のお殿様のところに落ち、大変気に入って、その女の人はお城に連れていかれます。それでちっとも笑わなかったのに、ある日捜しにきた旦那さんがお城の外で物を売りながら歩いてきて、それを見た女の人が笑ったから、お殿様が、入れ替わって真似をするんだけど、お城に戻ろうとしたら、信じてもらえず、お城ではそのまま夫婦が幸せに暮らしましたとさ。というようなお話だったとおもう。ラストは違うだろうけれどなんでかその話を思い出す。