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炭鉱の抜け穴

不可解なことの覚書 チラシの裏

バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 43

バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ

2015/10/15 (木) 12:24

どうしてハリーポッターの映画について何度も書くかというと、もしかしたらと思ったことがあって。

 

私がまだ若い頃、二十代頃にサビアンの本を買って読んでいたとき、じぶんの星のある位置について書かれていることについて、さっぱりわからないと思っていたんだけど、最近読み返して、冥王星がこの位置にあるとそういう風になるのかというところを通ったかもしれないから、その本に書かれていたことが、私からの解釈であるけれどわかったように思いました。

 

しばらくまえに、ネットの動画でフィッツというドラマが視聴でき、私はそれまでその作品を知らなかったけれど、ハリーポッターの映画では、確認が不十分でごめんなさい。ハグリット役でした。私が考えていたのは、マグルの世界のハリーのおじさん役でした。

2015/10/21 (水) 13:39

ハリーポッターみたいな人気のある映画で、見ている人も大勢いたら、あの世とこの世の境が薄くなっているときに、ハリーポッターに辛くあたる悪役だと、そういう念が集中して集まってどうなるのかなって。

作られた国ではよく知られていて役だってわかっても、そうでないばあいはまた役にたいして思う純度がちがう様にも思う。

フィッツ役は、人当たりのいい隣人とは言いがたいけれど、高度に進化した存在からみたら、あるがままの誠実な人物なんじゃなかろうかという、信頼のできるところのある人物でした。

2015/10/22 (木) 13:33

昨日、今日と朝の通り道で猫の死骸を見た。

 

もしも何かの意図で故意に行われたのなら酷いことだ。

書くと余計になにかされたらいやだと考えたけれど、帰りがけに神社にお参りにいこうと思う。

2015/10/23 (金) 12:28

ファンシイダンスを読んだときに、洋平くんが南老師に尋ねたシーン。『「---あばいてやりたいナ こーなったらぼくあそんじゃいますからね」「(ホホホホ)齅著すれば即ち脳裂す とゆー言葉がある 未萌芽の香りをかぐと頭が割れる つまり 無想無差別の絶対境は嗅ぐとか嗅がないとかの相対的感覚を脱しなければ頭を割ることになるとゆーことじゃ」ーーー「脅かしじゃないて!悟明の事をゆーとるんでもないわバカめ!  “嗅ぐ嗅がない”の現実から超越してないのなら むやみに未知の世界に鼻をつっこむなとゆー事じゃ!おまえはいつも状況をナメとるじゃろーが」「エッ?そうでしたっけ?」「いいかげんやめんと いつか頭が割れるよーなことになるぞ」

 

理解してもらおう。貰えると思わないことという小説の中の台詞。

 

冥王星の天秤6度付近、集合無意識の陰性のエネルギーが集まる場所と言うようなこと。

 

闇払いの魔術師になるには悪に詳しく強く、なおかつそれに負けない善が必要なのだろうと思う。

ハリーのおじさん役をすることがその度数と関わっていたのかわからないけれど、太陽を抱く月に出てきた神母様のように、地上に蔓延していたそれらを集めて亡くなるときに浄化するため持っていってくれたのかもしれないと思ったことがあります。

人種的差別や偏見があるかも知れなくても、言葉にしにくい何かを抱えてどうしようもなくてでもすごく大変で誰かに聞いてほしかったとき、もしも機会があれば、思い込みや色メガネなしで、話は話として、この人だったら受け止めて貰えたかなと思えたからかもしれません。

 

占星術の掲示板を時々読みにいく。その時、海王星について読んでいたんだと思うけれど、投影や幻想による作用ではなかろうかという感想で、女神であることを要求される奴隷、とか、結婚している人だったけれど相手はすごく大事にしてはくれているようだけど、その人の思い込みで見ていてそれが今でも変わらず、それは自分ではないと感じるというようなことを読み、うまいこというなあと思ったことがあります。それから、すごく好きな音楽や心に響く歌があって、調べたら、星同士に合になっていたということも印象に残っています。

 

 2015/10/29 (木) 12:09

別にここに書くようなことでもないんだけど、流行歌というのはその世代の人に合うというのは星の位置もなにか特徴があるのかもしれません。女性歌手ということで、例えば松田聖子は私にとって小学生のときすごく人気のあったアイドルで、でも私にとってはしっているけれど自分より上の世代の為のアイドルで少し上の世代の人の憧れのような感じに思っていました。それで自分が実際にその頃の世代になったとき人気のあった女性歌手は誰だろうと思ったとき、ザードやドリカムなのかなとおもったりするのですがよくわかりません。でも私よりずっと歌が好きで、歌謡曲に詳しかった同級生が松田聖子を歌うというのは聞いたことがなかったので、やっぱり世代的に響く歌手というのはあるのだろうと思います。

2015/10/29 (木) 18:35

朝の連続ドラマのあまちゃんとかも面白いと人気があったけれど、私にはあまりピンとこなくてみてはいなかったけれど、あのドラマに影響を受けたのはアイドルでいえば松田聖子よりは少しあとの小泉今日子の人気のあった頃ぐらいなのかなとかんじます。バブルを青春時代に謳歌した人たちや。

 

どうして松田聖子を思い出したのかなといえば、いつ頃だったかおもいだせないけど、結婚式のテレビ映像を視たことがあって、それでそのときにこういう結婚式だけはしたくないなと思っていました。なぜそうおもったのかよく覚えていないけれど、テレビ放送の結婚式というものが私の好みではないということかもしれないし、笑顔だったけれと、水族館のセイウチショーのお客さんの女の子みたいな気持ちになったからかもしれないし、テレビというのは欲望や思惑が渦巻いて凝縮されたよなところがあるから、そのようなことを感じたからかもしれません。その頃のアイドルを考えるときおかだゆきこが私は思い出されて、自殺したあとも長いこと張られたままだった消防署かなにかのポスターとともに、芸能界って怖いところだなと感じていました。

 

それで私がそれはやめてほしいと思うことがあったら、でもほんとはそうじゃなくってねと軽くひっくりかえそうとするとき、その人のもつイメージ設定に松田聖子あるいはそのような女性に対するあこがれや初めの結婚式たいする理想というようものがあってそこに結びつけよう、誘導しようというようなことを感じたからではないでしょうか。

 

でもそれはとても卑劣で残酷だと思う。

 

私は本当に嫌な思いをしてきました。見知らぬひとからもう死んでいると言われるようなことをしてきて、そのように私を利用するのは、お金持ちになったときだけ杜子春に沢山の人が集まってその人たちのためのしきのような。よかったことのように見せかけるためのいめーじ作りのショーのため。じぶんの結婚なのに自分以外のだれかのため。

 

その世界で生きてきて自覚があって生活の糧を得てきたというのならそこに喜びや希望ややりがいもあるでしょうけれど。