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炭鉱の抜け穴

不可解なことの覚書 チラシの裏

バルサミックムーン トゲトゲ ささくれ 14

 以前紙粘土が余っていたのをもらって、何か作ろうと思って検索していたら、懐かしいなあと思った本があり買ったものです。去年購入していました。

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 『かないともこの ねんどの お人形さん』という本で、私が子供の頃すごくよくみかけていました。初版が昭和58年6月で、この本は18版 平成3年3月のもののようです。何気なくみていたら、全員ではないけれど、その頃私の身近にいた人達と同じ名前のお人形が1/3以上なのでなんだかおかしいように思いました。隠すこともないだろうし、書いたものを読めば何となく年齢は推測できたかもしれないけれど、私は1975年生まれです。その頃はまだ出会ってなくてそれから進学していって親しくなった人の名前もありました。当時多かった名前だからとも言えますが。ところで私の名前はありません。あだ名だとしたら該当するかもしれないのはあります...。

 『はじめてのおつかい』や『魔女の宅急便』なども、子供の頃は楽しんで読んだ本でした。でも、今はなんだかどす黒い気持ちが湧き上がってくる瞬間があったり、良いクリエイティブライセンスを持っているのだろうと思われる分そんな事はしなければよかったのにとやりきれない気持ちになるのは、同性であり、児童文学ということを扱っていて、将来私のようなタイプの女の子に苦痛を負わせ残酷な行為であるということは想像できたり考えたりできた事だと思うからでしょうか。当然私はその人達と人間関係があったり、信頼関係があるわけではないけれど。少女時代というその頃を映す秀逸な作家と言えば、私にとっては氷室冴子なのだけれど、もっと評価されていいと思うのにそうでもないように思う。知らないだけかもしれないけれど。本の感想を読んでいたら、今の女子世界というのはその頃よりももっと複雑化していて大変だというのを読んだこともあるから、そういうこともあるのかもしれないけれど、いつかは時間がずれていき共感して読むことがなくなる時が来るかも知れないけれど、やはり素晴らしいように思う。

 人というのは気をまとっていて、それがその人を守っているというのを読んだことがあるけれど、盗聴盗撮はそれらの気を薄く絶え間なく剥いでいく行為であるとも思う。逃げ場がない。それから私が被害に気が付いてから、脳みそが縮こまるぐらい怖い思いをしたけれど、それでもやっぱりその人たちはまるで関係のないところにいた。

 他人の人生にのぞきで割りこんだりかかわったりはできないけれど、人間の尊厳を侵す行為だ。

「12/4
女の子は七つになればpressentiment(予感)はある筈である。
7/10
困ったことにマリアという奴は、偉い男の棘は大して可怕くないのだが、女という人間の平常の、繊い、細かな針が恐ろしい。人間の生活というものは日常の方が多い。マリアは常に恐れ通しであって、繊弱(ひよわ)な軟体動物の体で、鋭く痛い女という名の針鼠たちに包囲されていなくてはならない。」森茉莉のツイートより。

私にも予感があったとしたら、もし であるとしたら、そういうのだけは絶対に嫌だな。という思いはずっとあったのかもしれない。7/10のは、昔、星占いのホロスコープを作ったとき、月から金星までの星でアスペクトがあれば、子供時代、随分すごしやすかったかもしれないとうらやましく思ったそれらを言い表した事柄だからかもしれない。私にはまるでないので。それでも、今ではそれなりに私のアスペクトの良さもわかってきつつあるように思います。

『世界をこんなふうに見てごらん』は、表紙のイラストに魅かれて買った本ですが、「ああ、これは手つかずの自然だなんて、うっかり思ってはいけない。人間が入ったらもはやそこは自然ではないのだから、人間が入っていないように考えてはいけない。それを重々認識したほうがいいという話をたびたびした。 

 それは物理学における観察者と観察される粒子の話とよく似ている。

 粒子は観察されたとたん、それまでとふるまいが変わる。人間のかかわり自体が、関わる現象を変化させる。」と書かれた箇所がありました。

 この前、『ホビット』の映画を見に行ったら、わたしにはよくわからない超常現象のあった頃、主観的にあれくらい消耗したなと思いました。それで、指輪物語を読み直してみたいと思います。それからラーマーヤナや、マハーバータラについても、きっとよくわからないかもしれないけれど、調べてみたいです。物語ではなく、ハルマゲドンと同じように、実際にあったことのように思える。