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炭鉱の抜け穴

不可解なことの覚書 チラシの裏

ほのめかしやテレビについて 

メモ 雑記 不可解な事

 時々あざけるように「幼稚園から」というほのめかしをきいた。そもそもなぜ何の罪もおかしていない子供を、そのようにつるし上げるようなことをして見世物にしなければいけなかったのかわからない。

 今でも私はそのようなことがされなかった人生を夢見ます。

 テレビを使った嫌がらせをしていたらしく、でもそんな事は見る側は、そんなおもしろくもない番組は見てつまらなく、嫌な感じがすると思えば消すだろう。何かためになることを知りたいためや、気晴らしや楽しみのために見ているのだから。

 私は昔から本を読むのが好きな性質で、今でも心が充実するのは良い本を読んだ時だと思う。

 たいていの子供はテレビばかり見ていると叱られるものだと思うし、TVはあまり種類が映らない家だったので、TV東京などはチャンネルがありません。

 腑に落ちないおかしなことや、たえず悪意にさらされている中で、でもそんな被害に遭っているとは思わないから、しんどいなとなんだか思っていたけれど気が付かず、どういう仕組かはわからないけれど、子供時代を過ぎた大人が制作のサンプルに使っているのかと思ったことはあったけれど、自分のクリエイティブライセンスで仕事をするべきだったと思う。

  そのような事がなければ、気の合うやさしい人と家から離れて、ひっそりと(不正に人目にさらされることなく)それなりに幸せに暮らしていたのかなと。

 私は朝はラジオを聞いていることが多くて、ある時ミスチルの曲の思い出を話しているのを聞いて、それは中学生の時に好きだったか付き合っていた女の子だったか忘れたけれど、歌ってとリクエストされたというようなことだったと思う。それを聞いていて、私からしたらもう少し後の時代になっていかにもそういうことが似合いそうなバンドだったと思う。もっとも自分にとってそういう思い出があるわけではないけれど。子供時代というのは一歳でもとても大きな違いがあるように感じていて、その頃にはもうとても人気のあるメジャーなバンドだったと思うし、曲を聴いてそういう存在の付き合っている女の人がいるんだろうと思っていたように思う。実際とてももてていたようだし、週刊誌などもにぎわせていたのを知っていたので、自分とは関係のない世界の存在でした。子供の時にもう大人だと思っていたアイドルが、今になるとあまり年齢が違わなかったことに気が付いて驚くことがあったり、すでにおじさんだと思っていた人が今でも印象が変わらなかったりして、今ではそんなにすごく年上には思わないかもしれないけれど。人の念はこわいということ。デスノートは洒落にならないことを知っていたら、私がそういうことを書いたとしても、本当は違うとわかっていたら被害に気がついたときにせめてこれ幸いという風にあんなことを言わなけれよかったのにと思う。クリエイティブライセンスが高度になるほど、求める基準も高くなってしまうのかもしれないけれど。テレビは、たくさん番組の映るところに住んでいた時があったけれど、その頃は活字中毒で本を読みまくるような時代だったから、あまりその頃はTVは見ていないかもしれません。音楽番組があって、緑の草原で歌うスピッツの映像を見て、こんな番組があるのかと思ったような記憶があります。スピッツは、3.11後の状態を見て、恨むに怨めないというか、もしかしたら光の柱みたいなのが通っていてすごく沢山の人に頼られてしまったのかなと思ったので、大丈夫かなと思ったけど、大丈夫なんでしょうね。

 ラジオで夏休みの子供相談室を聞いていて、朝顔の色水の話が出てきて、そういうことをした頃があったと思いだし、泥団子を作って楽しんだ頃もあり、その年齢にしておきたいことというのがあるのでしょうね。

 高校生の頃の創作は、そういうことをその年齢なりに精いっぱい頑張って、外から一方的に与えられたり受け取るのではなく、分かち合うということを出来たのが良かったと思う。それがなかったら、私はいろんなことが随分と妬ましく思ったかもしれないと思う。