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炭鉱の抜け穴

不可解なことの覚書 チラシの裏

 アイデンティティー

メモ 雑記

 

「昨日は、名前をまちがえられるのって、とてもいやねという会話を聞いたので、思い出したことがある。まだ、何年も前(2008年)訳のわからなことばかりで嫌がらせも、超常現象もひどかった頃 ホロスコープ的にもすごかったから、そういうことに詳しそうだと思えたのでなにか助けてもらえないかと思っていた人がいて、講座があり、本にサインをしてもらう機会のあり、発音が悪かったのかもしれないけれど、わたしの三文字の名前を二文字でかかれていました。それはその頃の状況とわたしの被害を知っていたのなら、私にとって別の人を意味する名前であり、ひどく嫌な気持ちがして、安い本でもなかったけれど読み気がしなくなって、本棚のどこかに入れてあって、思い出したら、私はひどく腹をたてているし、どこかで売り飛ばせないかと思っているくらい嫌なんだとわかりました。結局その講座では、わたしの知りたかったことは学べなかったのですが、体調もすぐれないなか、無理していったのですが、個人的に話す機会もなく、それは仕方がないのですが。でもそれはたとえば、

 

私にとっては、一人で助けてもらえる人もおらず喘息に苦しんでいたときに、バブル世代の若いオーエルさんの浮かれてかえる仕事帰りのひととすれ違ったような感じでした。それからもなにか参考になる星の現象に関する情報を知ることができないかとネットで見ていたのですが自分とは関わりのない華やかななにかを見せつけるようないじめのような態度が続いていました。弱っていたときなのできつかったのにバカだなと思います。別にその人の人生の楽しみや喜びであり構わないのですが、それでもその事に多少は詳しくて、わたしが苦しんでいることを知っていたならば、誰にでも話せるようなないようではなかったから、話を聞いてくれるだけでもとてもうれしかっただろうし、詳しい人やよい病院を教えてもらえたらとてもありがたかったと思うのです。

 

 

 

別に書くことでもないのですが。違うことをもっともらしく上書きされて違うことにされるのは嫌だなあと言う感覚がずっとあるので。」