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炭鉱の抜け穴

不可解なことの覚書 チラシの裏

本 『スピリチュアル ガイド 2』

 先週の日曜日、この本を読み返していました。以前読んだときはあまりピンとこなかったところも、今回はなるほどとわかったところもあったのでした。別の場所でアカデミックな機関で学問的研究者ばかりではなく実践者も学べる機会ができたというのを読んで、山伏のように自ら実践者になった場合も、もちろんあるだろうけれど、最近になって本から知った霊感のある人で、実践するようになった人というのは、私よりも若い女の人たちで、普通に暮らしてきて、なりたいわけでなく成人してから導かれるようにそういう風になってしまったり、子供のころから環境的になじみがあって、見えていてそういう事を考えたり実践せざるを得なくなった人たちもいるようだと思いました。実践者は学術機関とはどのようにかかわるのでしょうか。ハリーポッターの魔法学校とも違うようですし。別に批判ではなく、興味を持ったのでした。以前、とても困っていた時に、オカルトの知識に詳しそうだから何か助けてもらえるだろうか思ったけれど、私にしたら、知識があっても、わからないのなら、あんなにすごかったのに何も感じていなかったんだなと、かえってびっくりしたくらいで、過ぎてしまえは私ものど元過ぎれば熱さ忘れるでもうわからないけれど、市井の人で目の前で大変なことが起こっていても、興味を持つこともなく、話を聞いてあげようという少しの姿勢もなかったら、権威だけを押し付けて、ありがたがれというような態度を取られたら、そこから何を学べるのだろうと、やっぱりあの時何にも助けてくれなかったという気持ちがあるのでしょうね。そういうことは誰にでも話せるわけではなく、でもただ事ではないのはわかるから、誰かにそういうことを否定しないで話を聞いてもらえるだけでもずいぶん救われるものですから。私はその頃のことはもうあんまり大変だったので、記憶が飛んでしまって覚えていないのです。相手が嫌われ者だからと言って逃げるんじゃなくて、こっそり親切にしてあげることもできたでしょうに。そしたら何かオカルトの大切な記録が採れたでしょうね。甘えと言われればそれまでですが。私は、自分の知らないところで勝手にさらし者にされていたのであって、そのことさえ知りませんでした。それにそこには、あの頃私が体験したことは写らないでしょう。加害者は自分の手は汚さずに都合よく利用しようという魂胆があったからではないですか。先に書いた霊感のある人は、「あの世をハートランド(A)、この世をリアルランド(C)と名付けていて、AとCの重なる場所(B)があり、Aにいる魂は、B、Cも見えます。Bにいる魂はなくなっているにもかかわらずCしか見えません。ちなみにCにいる人はCだけ見えます。でもなかにはBやAが見える人もいます。」学術機関が、Cにあるとしたら、共存する組織になるのでしょうか。

 あるツイッターを読んでいたら、出雲大社にかかわりのある神主の修行をしていた人から電話があり、「これまでの友人関係すべてと縁を切ることになった。」と伝えられ音信不通になったとあり、それはもしかしたら、薄情なのではなくてとても大変で、ミレニアム版幻魔大戦や、禊をして60年ごとに行われる遷座に備えて憑代というか神様を降ろして運ぶ媒体になるからではと思ったのでした。霊感のある人の出雲大社大遷宮のレポートを読んでいたら、それは古代の力、ティラノザウルスのようだと感想を述べており、それらの大きな力を制御するのは大変なことで、やはりそういうことは説明しがたいことだから。またその人の別の事についての本の感想に、「どちらも学者(民俗学、宗教学、歴史学などの)には書けないような(職業倫理上マズイ)説明が思い切って書かれており、とてもわかりやすく興味深かった。」とあるように、やはりそういうことは学術機関によって扱われるのは可能なのかと思ったのでした。

「いわゆる霊能力を備えた人々には、他者の持つエネルギーを吸収しやすいという傾向があります。これはありとあらゆる種類のエネルギーについていえることで、恐れや心配といった負のエネルギーを吸い上げてしまいがちです。ー 心に重荷を抱えている人が他者に癒しを与えることは困難です。それゆえ、霊能力を持った人は、自分がかかわる場所のエネルギーを浄化し、身を守らなければならないのです。」そしてそのための具体的な方法も書かれています。いろいろテクノロジー犯罪被害にあっている人は、まるで心霊現象のような被害や、実感を伴った見えない攻撃にあっているようですが、霊感があった場合は、テクノロジー以外の相手のそれらのエネルギーを受けてぐったりしたり、参ったりしてしまうことあるのではないかとも思われました。私は、霊感があるのかどうかよくわかりません。幽霊を見たり、具体的なメッセージが聞こえたりするタイプではないからです。でも、不思議な偶然や、現象はあって、何かはあるのだろうとは思います。幼いころは、ガーディアンエンジェルの守護が強力な時期だと思いますし、子供のころは迷路のように感じた古本屋さんで不思議系の本を読んで、光で自分を包むというようなことは何となく実践していたように思います。

 「人は誰でも、親しい間柄にある人間とエネルギーを媒体としてつながっています。それは絆という言葉で表現することもできるでしょう。

 絆の種類はいろいろで、もちろん太さも異なります。人体にはチャクラ(霊的エネルギーの中枢)と呼ばれる点がいくつかありますが、エネルギーの鎖はこの点でつながっています。鎖でつながっている人同士が同じレベルのエネルギーを宿している場合は何の問題もおきませんが、一方の人が危機的状況を迎えている場合などは、どうしても負のエネルギーが生まれてしまいます。このような場合、水が高いところから低いところに流れるのと同じように、一方の人間のエネルギーが他方の人間に流れ込みます。つまり負のエネルギーが流れ込んでしまうということが起きてしまいます。エネルギーを吸われているほうの人間が意味もなく疲れたり、怒りっぽくなったりするのにはこうした原因があるのです。」そしてどうしたらいいかのアドバイスも書かれていました。

 「私の中の魔法」という本でも、魔法の力の奪い合いがあったのですが、霊感のある人のエネルギーのかかわりにも共通したものがあるように思いました。霊的に対処するのが大変な時に、「ちょっと借りるね」と別の人から分けてもらうということもあるようです。

 私が大変だったとき救ってくれたのは、いつの間にか直接会ったことはなくてもなんかエネルギーのやり取りはできてしまったのだろう主に1966年生まれのロックミュージシャンで、それらの人たちの作ってきた音楽がセーフティネットになってくれて、それがなければ、私はあのまま落っこちて今頃この世にいないと思います。311の時にも影響をうけたみたいで、どうして私のような存在にそのようなことが関係してくるのかわからないけれど、それが自覚なきシャーマン体質というものでしょうか。そのころも流行や発売時期とは全く関わりなく、ある曲をずっと繰り返し聞いていて、でもあるときこれ以上聞いたら、相手の命が危ないかもしれないと聞くのをやめたことがあります。たぶん相当エネルギーをもらってしまったのだと思います。あの頃の事は、ほかの人にはわからなくても、その人たちは大変さは知っているのではないかと思われます。時差はあるのですが。