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炭鉱の抜け穴

不可解なことの覚書 チラシの裏

まじない

 サイキックのお坊さんのマンガを読んでいたら、「印や真言を真似するのはやめてください。あなたにもしまじないの才能があったりすると大変なことになります。」と書いてありました。

「1871年(明治4年)には神祇省御巫(みかんなぎ)が置かれ、宮内省の元刀自が御巫の職務に当たった。民間習俗の巫女に関しては、1873年(明治6年)には神霊の憑依などによって託宣を得る行為が教部省によって全面的に禁止された。⇒s:梓巫市子並憑祈祷孤下ケ等ノ所業禁止ノ件 これは巫女禁断令と通称される。(ウィキペディア)」魔女とはガイアや大地との同調を実践しており、現代の魔女もエコロジー運動に参加しているらしいです。巫女は明治6年に禁止されましたが、現在も存在していたら、自然との調和を目指し、魔女と同じような活動をしていたのではないかと思います。何があったのだろう。

 最近、沖縄には斎場御嶽があり、琉球大国を霊的に守護する聞得大君「もっとも名高い女神」がいて神事をつかさどっていたというパンフレットを見る機会がありました。王族の血を純粋に引くものがいなくなったため廃れたそうです。純粋な王族の血でなくても、その才能は受け継がれ、何かからのメッセージを託す存在との関わりは、科学的と現在は思われなくても、なくしてはいけなかったものではないかと思います。もっとも沖縄には何か残っているのでしょう。

 私に、まじないの才能があるのかどうかはよくわからない。でも、いろいろ理不尽な目にあったから、環境問題など祈るにしても人間かかわってのことで、自分の中のブラックな面が出ないとは限らない。だけど、動物のことを考えよう。動物は時々人の言葉がわかるけど、黙っているのかなと思うことがあるけれどどうかな。動物だって、私に対して友好的ばかりとは限らないけれど、今の環境問題は彼らの生み出したものではないだろう。動物園にたまに行くのだけれど、めったにいかないのにどうも私を知っていて認識しているらしいと思うことがあって、不思議だなと思うこともある。象などはすごく記憶力がいいからもしかしたら本当に覚えているのかもしれないけれど。随分前は、明らかに私を見て大あくびをした蛇がいたし、この前行ったときは、サルがおりの前で、柵をゆすって威嚇をしてくるから私も真似して変な顔をしたら、ひどく驚いたようで、もう一匹のサルが近づいてきて、なでなでなでなでしているので、私に威嚇されたぐらいでそんなに傷つかんでもと思いつつ謝ったことがある。鳥もなんだかメッセージを伝えに来たことがある。私、鳥の言葉はわからないのに。よっぽど切羽詰待ってたんだろうな。

  お遍路では『光以外とは 繋がらぬ』という心構でお参りしようと思います。

 子供は7歳まで神の子という言葉がある。意味はいろいろあるのだろうけれど、この世よりはあの世に近く、見えない存在の守護があるように思う。「タルムード」では、草木の一本一本にも天使がついていて伸びろ伸びろと言っている。というような記述がされていると読んだような気がする。ルーンのジェラ(収穫、実りの季節、一年)の解説に「作物を早く育てようとするあまり、畑に出て行っては新芽をぐいぐい引っ張ったところで何の助けにもなりません。急いだからといって収穫の時期を早めることはできません。いずれ一番いいタイミングで収穫の時期が来たとき、「自己」という実りを刈り取ることができます。それには、今のあなたの経験が必要であることを知ってください。いま、大切なのは忍耐であるということを心して。」とありました。スピリチュアルなことに取り組んでいる人のブログにグンダリーニの訓練?を電車の中でしていたら、それを見ていた赤ちゃんがうれしそうに笑い、色の変わる光が見えていておもしろかったのだろうと感想を述べてました。昔児童館のようなところで、蝶の見える世界の展示を見たことがある。人の見ている世界とは随分と違うようでした。もしかしたら動物には、人間の中に、こいつ知ってるぞと思わせる、何か特有のマークのようなものがあるのかもしれないとも思ったのでした。